常に変化するファッション界とサッカー界の関係性
ファッション界とサッカー界。かつては競技もファンも野蛮なイメージで、ラグジュアリーブランドとは水と油のような無縁な関係性だった時代から、今では多くのブランドパートナーシップや広告起用、イメージキャラクターとしての役割を果たす時代になった。
そんなサッカーとファッションの歴史的背景を紐解きながら、エンターテインメントと商業的な要素が加わりグローバルゲームに進化した現代のサッカーシーンとどのような親和性があるのか、2022年2月に寄稿されたBusiness of Fashionの記事を引用し紹介します。
(credit: Mr. Daniel-Yaw Miller / Business of Fashion)
なぜ今、ラグジュアリーブランドはサッカーを取り入れるのか。
サッカーとファッション。かつては険悪な関係性にあったふたつの産業が今ではモンクレールからディオールと、世界で最も人気のあるスポーツとその文化的な影響力に着目している。
ラグジュアリーブランドは252億ユーロ(3.3兆円)にも及ぶ欧州のサッカー産業に参入し足掛かりを得て、欧州の人気選手やトップクラブとのパートナーシップを推進している。
影響力あるファッションブランドとのパートナーシップはパリサンジェルマンやインテルなどのクラブがブランド価値を高め、領域を広げることに繋がっている。
ファッションラベルはサッカー選手を有効なマーケティングツールとして見ている。クリスティアーノ・ロナウドやリオネル・メッシ、ネイマールなどはインスタグラムで最もフォロワーの多い人物の上位にランクイン。
欧州のトップクラブはオフィシャル飲料、提携銀行、航空会社などとパートナーシップ契約を締結し、近年ではオフィシャルラグジュアリーファッションを迎え入れるクラブが増加している。
ラグジュアリーブランドはフォーマルウエアからゲームウエアまで
昨年、モンクレールとディオールを筆頭に欧州のサッカークラブはラグジュアリーブランドとのフォーマルウエアやゲームウエアとの締結が広がり始めた。イタリア・セリエAのナポリとジョルジオ・アルマーニとのパートナーシップではオンザピッチ上のウエアや特別なコレクションのリリースを皮切りに、9月から史上最も高価とされるゲームウエアを€125(約16,500円)リリースした。メディアでは反響があり、英国大衆紙のThe Sunは試合後のユニフォーム交換でナポリのシャツを手にすることができると幸運だ、と揶揄するくらいだ。
ディオールとパリサンジェルマンとのパートナーシップでは、アーティスティック・ディレクターのキム・ジョーンズ氏がメンズチーム向けのフォーマルウエアデザインを担当。そのウエアは既に非常に価値あるプロダクトプレースメントの瞬間を迎えている。中でも際立ったのが、世界的なアイコンであるリオネル・メッシ選手が8月にPSGの選手として迎え入れられたタイミングで、彼がディオールのカプセルコレクションの服を着て登場したことだ。このPSGへの移籍を発表したインスタグラムの投稿は800万ものいいねを獲得した。
サッカーはかつての野蛮なイメージから、今やブランドの重要な広告塔に
この直近のラグジュアリーブランドとサッカークラブとのパートナーシップ契約の数々は、数十年にもわたる双方の産業への意識改革の集大成となった。90年代までは、当時は暴力的なサポーターのピッチ上での行為や行儀の悪さのイメージにより、多くのブランドがサッカーとの関わりを恐れていた。ドクターマーチンは英国のフーリガンが選ぶシューズとして、あまりにもその地位を確固たるものにしたため70年代には試合会場で警察官が靴紐を、あるいは靴そのものを脱がないと入場させないくらいまでの社会現象となった。
イタリアのストーン・アイランドは、欧州サッカーのウルトラスという、暴力的でハードコアなサポーターの非公式ユニフォームとして認識されていた。
それから、業界の商業化とサッカークラブ、及び選手のグローバルブランド化が進み、サッカーはよりクリーンなものに改心せざるを得なくなった。多くの欧州サッカークラブは今ではグローバル産業化し、億万長者や中東の(マンチェスター・シティやPSG)などの君主のファンドがオーナーとなっている。
1990年代には、デービッド・ベッカム氏がサッカー界でファッション界をも行き来するスーパースターのパイオニアとなった。ファッションショーへの出席からカルバン・クラインのキャンペーンモデル、また多くのスポンサー広告を得られるようになった。
今日、ブランドキャンペーンやファッション・エディトリアルにサッカー選手が登場するのは当たり前になってきた。リバープールのエジプト代表FW、モハメド・サラーはイギリスのGQの1月発売号の表紙を飾っている。
SNSの台頭による個々の選手の社会的影響力
これまでの1年で、ファッションデザイナーのジョナサン・アンダーソンはロエベの屋外広告キャンペーンで女子サッカーのスターであるモーガン・ラピノー氏を起用。また、ボッテガ・ヴェネタのキャンペーンにはイングランド代表の二人、ラヒーム・スターリングとトレント・アレクサンダー・アーノルド選手が登場。AmiのAW22のキャンペーンではPSGのドイツ代表DFティロ・ケーラーがアレキサンドル・マテュッシに抜擢された。
個々の選手はブランドにとって強力なマーケティングツールとなり、時として提携するブランドと同等、あるいはそれより多いフォロワーを有することがある。インスタグラムでは、ラピノーとスターリングはそれぞれ200万人、900万人のフォロワーを有し、23歳のフランスの神童でディオールのメンズアンバサダーを務めるキリアン・エムバペに至っては6500万人のフォロワーがいる。なお、ディオールのフォロワー数は3900万人である。
エムバペの最近のOakleyとのタイアップ投稿は300万のいいねを獲得した。クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシは現在インスタのフォロワー数でそれぞれ1位と3位に着けている。
サッカーだけのバブル(生活)から抜け出した現代選手たち
「ソーシャルメディアは我々(アスリート)がサッカーだけのバブル(生活)から解放する力を与えてくれた」と語るのはルイ・ヴィトンの2019年のパリのランウェイに登場したスペイン代表のエクトル・ベジェリン選手だ。彼は現在、(ビジネスパートナーであるエサン・シャー氏と)B-Engagedというトップのサッカー選手とブランドとのパートナーシップを仲介するエージェンシーを運営している。
ブランドにとってサッカー選手とパートナー契約を結ぶことには、彼らが自然と差別撲滅や青少年健全育成、男女の報酬均衡についてますます恐ることなく発信できるようになったというメリットがついてくる。マンチェスター・ユナイテッドのFW、マーカス・ラッシュフォード選手(フードバンク)やラピノー(アメリカ代表の試合のボーナス)などが軸となって始めたキャンペーンは記憶に新しく、ベジェリン自身もサッカー選手の傍ら、モデル、デザイナーと環境保護論者の異なる一面をもつ。
この動きにより現代的で、よりスポーツの持つ社会的なイメージを創出し、近年ファッション業界で淘汰されているインクルーシビティ(多様性を受け入れる包括性)やサステナビリティへの企業の取り組みを投影する役割を果たしている。
「ブランドは今ではサッカーとのパートナーシップで成功する自身があり、選手が彼らの服を着て、スポーツという枠を超えて特有のパーソナリティや意見、文化的な重要性を擁する存在であることを認識している」とベジェリンは語っている。
「デビッド・ベッカム氏しかいない時代」からの変化
サッカー選手のカルチャーテイストメーカーとしての台頭はラグジュアリーブランドに留まらず、新たな産業への機会創出となっている。False 9やSuper Vision Office、B-Engagedなどのクリエーティブエージェンシーの数々はファッションとサッカーの交差点の中心に立ち位置を確立し、バレンティーノやバーバリー、カルバン・クラインなどのブランドに選手やサッカークラブとの商業的なアクティベーションの機会を提供している。
「現代のサッカー選手と、競技そのものは、より多様で関係性が高く、真正な価値あるものとなったため、(商業的な)開拓の余地がかなり広がった」と、GAFFERとFalse 9の共同創業者であるジョーダン・ワイズ氏は語る。
ベジェリンにとって、ファッションとサッカーという括りは「昔はブランドと何かができるサッカー選手はデビッド・ベッカム氏しかいない時代」から、かなり前進したのである。